テンコ 紹介SS
『式神たちの内緒な風景』

秋田みやび

「そういえば、本邸の式神たちって……普段は一体何してるの?」
 ふいにそんな問いかけをなさったのは、ご主人様とご結婚され、奥さまとなられた北御門芹さまでした。 
 わたくしは、テンコ。
 北御門十二天将の天后の銘を持ち、史緒佳さま付きの式神として、契約を結ぶ者でございます。
 基本的に大奥さまである史緒佳さまの命を受け、その身をお守りするのが役目です。
「あ。律さんは広い本邸の手入れをしてくれてるって聞いてるし、寝てる式神も多いって聞いてるけど……」
 奥さまは、基本的に離れの建物で起居なさっているので、来客の対応時以外はあまり本邸においでにはなりません。ゆえに、もたれる疑問としては、真っ当なものであると言えるでしょう。
「そうですね……基本的に、本邸では十二天将のまとめ役たる伊周さまを中心に結束を強め、日々互いに競い合い己を高めておりますわ」
「え、そうなの? すごい。皆、真面目なんだね」
「恐れ入ります」
 目を丸くする奥様に、わたくしは柔らかく微笑み返しました。

 そう。
 かくいうわたくしも、史緒佳さまの用がない時、またはお休みになった後には、本邸に赴きます。
 ただし、珠と護里たちはあまり機会がありません。珠には北御門家の門番と皇臥さまの護衛という役目がありますし、小さな玄武は、奥様である芹様と一緒に夜は休むと決めているからです。
「お待たせいたしました。今宵はもう始まっておりますか?」
 真夜中。人のいない広々とした本邸の片隅の部屋が、十二天将の集会所となっています。
 その中心にはほのかな明かりが灯り、小さな電子音が響いていました。その前に座っていた白い美髯を蓄えたタキシード姿の伊周さまが振り返ります。
「今日は遅かったのですね、テンコ」
「伊周。よそ見をすると……ほれ」
「おっと」
 本邸を取り仕切っておいでになる古参式神の一人、大陰の律さまが笑みを含んだ声音で注意された瞬間、何かがつぶれる音がして、モノ哀しげな音楽が響きました。古びたテレビのブラウン管の中では、配管工のおじさんがゴリラの投げた樽に押しつぶされております。
「残機0。交代ですねえ」
 小柄な老女姿の律さまが楽しげに言いながら、伊周さまからコントローラーを奪っております。
 そう。式神たちは本邸に集まり、結束を強め、互いを高めあい、競い合っております。
 ──主に、本邸に残された、古びたテレビゲームで。
「先ほどまでは、久しぶりに如月も起きていたのですよ。皇臥殿のご結婚に驚いておりました」
「あら、珍しい」
「なあー、オレこの何とか殺人事件ってのやってみたい! オレ、字読めるもんよ!」
 テレビの傍らに置かれた段ボールの箱を掻き回していた赤い髪の少年式神、朱雀の錦が一本のソフトを掲げて主張していますが、それはもう全員がクリアしているので却下されることになりました。新人式神には可哀想ですが、皆で楽しめるものをやる、それがこの場の基本です。
「テンコ、久しぶりに競いましょうかねえ?」
 人のよさそうなしわくちゃの顔に笑みを浮かべて、律さまはわたくしへともう一つのコントローラーを差し出します。
 わたくしは恭しくそれを受けとりました。
「受けて立ちますわ。負けて畳を引っくり返したりしないでくださいませね?」
 基本、稼働するだけならば飲食も睡眠も必要としない式神ですが、娯楽は欲しいものでございまして。
 人のいなくなった北御門の本邸の片隅では、毎夜テレビゲーム大会が行われております。無論、ご主人様たちには秘密です。
 もしかしたら、気付いておられるのかもしれませんが……内緒。
「皇臥殿が……次の式神はゴリラにしようと申されたら、まずいですな。色々とやりかえしてしまうかもしれません」
 先ほどまで、ゴリラの投げる樽に追い回されていた伊周さまが、ぼそりと呟きました。
 大人げないですが、気持ちはわかります。全力で止めましょう。
「ハンマーで殴っていいか許可取ろうぜー」
「きのこで大きくなる機能を付けてくだされば……」
 色々なゲームが入り混じってますよ、錦、律さま。

 ──本邸の新たな住人によって新機種ゲーム機が差し入れられ、式神たちの娯楽世界が一変するのは、ほんの少し後のことでございます。