護里 紹介SS
『春を待つ風景』

秋田みやび

 雨が降っていた。
 北御門家の本邸外廊下にちんまりと座り、悄然としてうなだれている大小の姿が二つ。
「……あめです」
「雨だなぁ」
 ひとつは5歳か6歳くらいの黒い振袖の幼女。北御門十二天将・玄武の銘を持つ式神、護里。もう一つは十二天将の白虎・珠。大きな白い虎の姿のまま、ふっくらとした毛並を湿気のせいかややしっとりとさせている。
 その様子を見ながら、和室で書き物をしていた当代の北御門流陰陽道当主、北御門皇臥が苦笑した。
「これじゃあ、散歩には出にくいな。諦めてくれ」
「や、です。おそとー、おそといくー」
 小さな式神はわざと子供っぽくそう言い募りながらじたばたとして、もたれた虎の毛皮に埋もれていく。甘える駄々っ子状態だ。
「この雨だと、綺麗な振袖も汚れちゃうでしょ。公園で遊べないし」
 笑いながら新婚の(契約)妻・北御門芹が茶を運んできた。その盆には、遊びに出かける約束を反故にさせてしまった式神たちを宥めるために、ささやかな好物を載せている。
 お盆に乗せたものが気になったのだろう、鼻を小さくひくひくさせた珠がぬっと立ち上がり、立ち上がった時にはすでに武者袴の大柄な青年状態になっている。そのまま、無言で芹からお盆を受け取ると、いそいそと運びはじめた。
 唐突な動きに、芹はちょっぴり冷や汗をかく。
「あのさ、皇臥。どうでもいいんだけど、何で珠はあんな古風な姿してるの? 珠はもともと皇臥のおじいさんの式神って聞いてるから、なんとなく理解できるけど。護里ちゃんもずっと変わりなく黒の振袖じゃない?」
 嬉しそうに芹へと駆け寄ってきていた式神・護里を受け止めながら、何気なく芹は皇臥へと問いかけた。
「変な格好だと、目立つだろう?」
 皇臥の答えに迷いはなかった。
「まあ……目立つね」
「人が大勢いる中で式神を動かす時もある。その際に、目立たない一般の服を着てると一瞬人型の姿をした式神を見失うことがあるんだ。だから、なるべく目立つ姿をさせている。まあ、珠はでかいし頭が灰色だからわかりやすいがな」
「なるほど」
 玄武の双子たちは、対象的な色合いの振り袖姿。天后のテンコは銀髪ゴスロリ。朱雀の錦は赤い髪。遠目からわかりやすい特徴を付けている。
「けど、和装はともかく。洋装だと季節ごとに服替えねえと見てて違和感激しすぎて視覚的に疲労するって大将は言ってましたぜ」
 珠が、お盆の上のから揚げをおいしそうに頬張りながら余計な茶々を入れる。
「そっか、じゃあ替えられるんだ、普段の衣装」
「少々手間だがな」
 式神たちの主は、白虎が独り占めしようとしているから揚げを取り上げ、自分の分の茶を手に取った。
「じゃあ、さ」
 護里の好物である小松菜のバター炒めの皿を手渡しながら、芹は些か憂鬱な雨模様の空を見上げる。
「春になったら、みんなでお花見に行こう? 護里ちゃんも、黒の振り袖も可愛いけど、もっと春色の可愛い色合いの衣装で」
「いのりちゃんと、おそろいがいいです」
 護里の主張に、芹は機嫌よく応じた。
「みんなお揃いでもいいかもね」
「それは嫌っす」
 どんな衣装を想像したのか、白虎は即座に却下した。いつも泰然自若とした白虎の渋面が面白かったのか、皇臥もゆったりと頷いている。
「可愛い衣装を調べておくか」
「だから嫌っすよ」
 乗り気の夫婦に、白虎の抵抗は弱々しい。
 可愛い衣装での花見は確定事項の様子──北御門家の春は、もうすぐそこまで来ているようだった。