皇臥 紹介SS
『戦う陰陽師の風景』

秋田みやび

「──というわけで、少々報告が遅くなりましたが、結婚しました。ですので以降、うちに見合い写真も釣書も送ってこなくていいです。そっちが勝手に契約した結婚情報誌の定期購読も解約してください。メールアドレスをこっそり忍ばせたり、俺の携帯番号を無断で教えたり、俺のスマホを隠してメッセージ用アプリに知らない女性のアカウントをこっそり登録するような真似もしなくていい。ていうか、すんな。久しぶりに近所に立ち寄ったからという口実で、妙齢の女性を連れてくる必要もない。あまつさえ速攻消えるなマジで気まずいわ」
 北御門皇臥がリビングの家電の受話器を片手に早口でまくし立てている声を、契約嫁である北御門芹は何気なくキッチンで耳にとらえていた。
 聞くつもりはなかったが、夕食の後片付けを終えたばかりなので、水音がやりとりを遮ってもくれない。
 最初は皇臥も敬語で話していたが、徐々にぞんざいに崩れ、しまいには何やら過去の恨み節も混じりはじめている。
 一応、北御門流陰陽道一門の重鎮に、当主として結婚の報告をするということだったはずだが……。
「あと、当主の婚活とかアホな理由を付けて合コンのセッティングもするなよ。もう必要ないからな。ハ? 若い連中が残念がる? 知るか! 俺をダシにするな!」
 すでに受話器に向かって吠えている。
 普段はあまり声を荒げることもない、怜悧な貴公子じみた美男子だけに、電話に向かって口調が乱暴になっている様子は珍しくギャップを感じさせる。しかし、聞いているかぎりは内容はなかなかにくだらない。
「……まあ。皇臥も、色々と大変だったみたいだけど」
 キッチンに立っていても聞こえてくる声に、当事者の片割れとなっている芹としては苦笑するしかない。
「一応、由緒ある北御門家の当主ですさかいな。一応。その結婚にはどうしても厳しいなるもんですわ」
 ダイニングテーブルに座って、お茶を啜っていた史緒佳がぼそりと芹の呟きに答える。二回繰り返された「一応」がちと重い。
「挨拶もなしに結婚なんかに踏み切ったら、そら分家のお人らも、反応が厳しいことになりますやろ自業自得でおすな」
「今、厳しく責められてるのは、皇臥の欠席による合コンの面子の集合状態についてみたいですけどね」
「テンコー、なんぞお茶請けはありますやろか?」
 史緒佳の当てこすりをさりげなく芹がいなすと、姑は露骨に視線と話題を逸らした。北御門一門の分家への結婚報告も、すでに明後日に向かってしまっている。
「今の修業場の若い連中じゃ、女性陣の食いつきが悪い? 知らんと言ってるだろうが、は?」
 聞いているだけでもわかる。すでに言い合いに発展しているらしい。
「なんだと! お前……利き手のさかむけが半年は治るな! 新品の靴下の親指部分が三日で穴あけばいい! 電化製品のコードに、足袋が引っかかれ!」
 気付けば、訳のわからない地味な悪口を、電話越しに互いにぶつけてはじめている。
「……何なんです? あれ」
「言霊ですわ」
 どこかうんざりとした様子で、史緒佳はお茶のお代わりを自分で淹れていた。
「口に出す言葉には呪術的な力がありますさかいな。一応分家の爺相手ですさかい、当主が無茶な呪詛じみた悪口は言えまへんよって、ああして微妙に嫌な事象をぶつけ合ってるんですわ。陰陽師同士の喧嘩ですな」
『履く前の靴に必ず小石が入れ! 黒子からぶっとい毛が生えろ! ずっとくしゃみ出ずに鼻の奥ムズムズしろ!』
「口許にできた吹き出ものを触らずにはいられなくなれ! シャーペンの芯ことごとく折れろ! レトルトの封がうまく切れなくなれ! 歯磨き粉のチューブ、後ろからはみ出ろ!」
 受話器の向こう側もエキサイトしたのか、会話がうっすらとこちらまで聞こえてくる。同レベル悪口大会だ。
「過激な悪口を封じられた小学生同士のケンカにしか見えません」
「不本意でおすけど、同意ですな」
 もしかしたら、初めての嫁姑の相互理解だったかもしれない。

 陰陽師が浮世離れしているというのは、ただのイメージに過ぎないらしい。
 現代を生きるぼんくら陰陽師・北御門皇臥と分家の地味な戦いは、受話器越しに続いている。