芹 紹介SS
『婚姻の日の風景』

秋田みやび

 野崎芹は、結婚することになった。
 大学生。この夏に二十歳になったばかり。
 ほんの昨日の夕方まではそんな気は欠片もなかったし、予兆もなかった。
 当然、カレシなど現れる気配もなかった。
 いわゆる新郎新婦共にメリットを計算しての、契約結婚だ。
 様々な凶事が重なっての末のことで、やけっぱち気味になっていたことは否めないが、まさかそのまま、世間一般が主張する「人生の墓場」に突撃することになるとは思わなかった。まさしく人生一寸先は闇だ。
 しかし、たとえ闇の真っただ中だろーと墓場の下だろーと、そこを突き進むことを選んだのは芹自身だ。手探りでも順応するしかない。
「えーと。婚姻届は出した……と」
 役所に昨晩書いた婚姻届を提出しての、その帰り。昼食ついでに入ったファストフードのテーブル席で、ほんの十数分前に北御門芹になった新妻は、これからやるべきことを、一つ一つリストアップしていく。
 その向かい側に、晴れて新郎となった北御門皇臥がバーガーのセットを前にして腰を落ち着ける。
 北御門流陰陽道の28代目当主だという青年だ。整った綺麗な顔立ちだし悪い男ではなさそうだが、存在感が胡散臭い。もっとも、本業である陰陽師という職業は、それにさらに輪をかけて胡散臭い。
「芹は、パスポートは持っているか?」
「持ってない。でも運転免許はあるよ」
「ならまずは、その名義変更を最初にしたほうがいい。身分証明に使えるからな。それから銀行口座やクレジットカードの手続き。携帯電話に保険各種も名義の変更が必要だな。うちに越してくることになるから転出転入届。元アパートのインフラの手続きは、前の大家さんがしてくれそうか?」
「あ。そうだね、確認してみる」
 ざっと今思いつくだけの手続きと確認の多さに、芹は一瞬遠い目になる。
「あとは、学生証も切り替えないと……あああ……結婚って、思ったよりも面倒くさかった! 離婚していい!?」
「待て。入籍後、20分で離婚とかひどくないか!?」
「ごめん、嘘。でも、ちょっとそういう気持ちになるくらいは、手続きの多さにテンパった」
 おそらく、ごく普通に出会い、手順を踏んで気持ちを育てて……というプロセスを経たカップルならば、そういった手続きも結婚の自覚を促し楽しいものなのかもしれない。
「せりさま、ぽてと、ください」
 テーブルに並べられたポテトをつまんで口に入れていると、テーブルに乗り上げてきた小さな黒い亀がポテトを欲しがってじっと見てくる。
 玄武の式神・護里だ。
 一本、長めのポテトを差し出すと小さな口で食いついてくる亀に、いまだに現実感がついていかない有様だが、野崎芹は本日晴れて、北御門芹という陰陽師の嫁になった。
「だが、まあ。手続きは後に回すとして、昼食を終えたら、買い物に行こう」
「かいもの?」
 ハンバーガーを齧っていた皇臥の言葉に、芹は瞬きをした。
「着替えのほとんどが火事で焼けて、着たきり雀状態だろう。俺のスウェットやシャツを着てくれるならそれはそれで眼福だが……嫌だというなら、母のお古の着物という選択肢しかなくなる。あ、いや、慣れていない和装の着乱れというのも俺的にはなかなか悪くないが……」
「お義母さん、洋服も持ってるよね! 知ってる! でも、とりあえずフリマか衣料量販店に行こうか!」
「チッ」
 残念そうに舌打ちされた。
 顔はいいくせにセクハラ寸前の皇臥の発言のおかげで、緊急分の着替えをたかることには何ら後ろめたさを感じなくてすむ。
 もしかしたら……意外と、気を遣われたのかもしれない。
 同じくハンバーガーを齧りながら、芹は契約夫となった青年を上目遣いにこっそり見上げた。
「……まあ、何というか」
「ん?」
「改めてよろしくお願いします。旦那さま」
「こちらこそ」
 涼やかな目元に笑みを滲ませて、形ばかりとはいえ新婚となった陰陽師は頷く。それに紛れて、皇臥は何事か呟いたようだが、芹にはそれは聞こえなかった。

 ──芹が北御門家の様々な実情を知るのは、帰宅後のことである。